夢みるシネマ

ジャンル:映画 / テーマ:映画感想 / カテゴリ:観の記:映面 [2020年01月17日 23時30分]
2020年1月12日、《懐かしい昔の小牧の劇場・映画に関するトークと映画上映》を掲げる催事を覘くために愛知県小牧市を訪ねる。今は跡形もない2つの映画館、「小牧劇場」の地(現:クレストステージ小牧)と「カムカム劇場」の地(現:モアグレース小牧ミッドテラス)を巡ってから、催事の会場である小牧市公民館の講堂へ向かう。
 夢みるシネマ (1) 夢みるシネマ (2)
 
「〈夢みるシネマ〉 こまきの劇場・映画文化」 (主催:こまき市民文化財団)
 
まずは、トークイベントの「こまきの劇場・映画文化を語る」を聴く。坂(ばん)田鶴子(元カムカム劇場)・小瀧征男(元映画看板絵師)・塚原立志(音楽ライター)・池崎修(いばらきシネマラボDO楽座)の4氏がゲスト、浅井健太氏(こまき市民文化財団)が進行。カムカム劇場は伊勢湾台風(1959)で屋根瓦が半分飛んで10日間休館(by坂)、映画看板は活劇と恋愛ものでは色遣いが違う(by小瀧)など、闌(た)けた懐旧談を味わう。朝鮮戦争(1950-1953)時は小牧に米軍が2千人(by塚原)、個展(2018)で買った16mmフィルム『夢みるように眠りたい』を水戸で上映(2019.01)(by池崎)なども、興趣を添える。他方で、小牧の劇場や映画に特異性を弁別する文脈は、このトークショウでも見えてこなかった。跡形もない映画館のように、小牧には見えないものがたくさんあるのだ。
 
 《小牧は工業都市として全国に知られているが、その歴史は意外に浅い。
  それは一九五〇年代の初期、朝鮮戦争の時期に端緒を開き、六〇年
  代に急速に工業開発を進めていく。五〇年代に国道四一号線を造成、
  六〇年代前半に工場の移転が進み、六五年に名神高速道路が開通
  する。小牧は一九五六年に工場誘致条例を制定し、六二年には誘致
  一〇〇社を突破している。人口三万七〇〇〇人の小さな町は、わず
  かな期間に急激に工業地帯に変貌したのである。それは、どういう時
  代だったのか。(略) 小牧は一九六〇年代の全総の時代にあって、そ
  の二〇年後にあらわれる新しい工業都市の姿、自動車道路に依拠し
  た内陸型・技術集約型工業都市のひな型を形成したのである。(略)
  内陸型・技術集約型工業は、なぜその土地にその工場があるのかと
  いう文脈を構成しないのである。地理的にも歴史的にも文脈をもたな
  いということが、産業の不可視性をさらに強めることになる。(略) 小牧
  は平坦な台地がひろがる見晴らしのよい土地だが、本当は見えないも
  のがたくさんあるのだ。》 (矢部史郎 『夢みる名古屋 ユートピア空間の
  形成史』 現代書館:刊 2019)
 
 夢みるシネマ (3)
次に、映画上映会の『夢みるように眠りたい』を観る。あえて映写室のエルモを使わずに所有者の池崎修氏自身が16mmフィルム2巻を講堂フロアで映写機にかける趣向、暗転してブザーが鳴って後ろでカタカタ…左右が逆! 林海象監督が「名古屋コーチン発祥の地とTV番組で知って舞台稽古を休んで小牧に来た」などと場繋ぎ、暗転してブザーが鳴ってカタカタ…上下が逆! 再び監督トークで場繋ぎ、暗転してブザーが鳴ってカタカタ…やっと上映。そういえば7年8ヵ月前に美濃加茂で『夢みるように眠りたい』を観た時も開演が押したっけなぁ、これぞ「現(うつつ)が夢でなければね」だ(笑)。上映後、「観ていられないので外に出て煙草吸ってポケット瓶をあおってきた」という林海象監督のトーク。「スタインベック(編集機)を知らないでフィルムを切って壁に貼っていた」など製作当時の話を、土方崇弘氏(IMAGICA Lab.)も加わりフィルム修復プロジェクト(2019)は「デジタル化自体が探偵ものみたい」など近来の話を聴く。『夢みるように眠りたい』は、時間も空間もフィルムも逆転して、滅しながら生きている映画なのだ。
  
 《今回、改めて一九八六年公開の林海象監督の映画『夢みるように眠り
  たい』を拝見してみると、佐野さんが懐かしいコートを着て帽子をかぶり、
  卵や古時計など不思議な記憶の世界を醸し出していて、一〇〇年前
  ではないけれど、「亡きもの」こそが現在に意味を与えるという逆説を知
  らされるようでとても魅力的です。(略) 「未来は過去にすでに演じられ
  ていた」、あるいはまたその逆でもあるような、稀有な表現を感じさせて
  くださるわけです。(略) 生者と死者が逆転するということは、現代的常
  識では特殊かもしれないけれど、あの『夢みるように眠りたい』の探偵も、
  滅している者に向かっていって、最大の生命力に出会うみたいなことが
  ありましたね。》 (鶴岡真弓:談 「出雲とケルト──「つながっている」生
  と死、そして再生」/『ビッグイシュー日本版』159号 2011 初出/対
  談集『ケルトの魂 アイルランドから日本へ』 鶴岡真弓:著 平凡社:刊
  2019 収載)
 夢みるシネマ (4)
 《あの作品の監督、林海象に出会った時、お互い二〇代で、彼は彼で
  悶々として、僕は唐十郎さんのところで悶々として劇団を飛び出した直
  後だった。探っていく中での出会いだったですね。本当に火花が散る
  ような。(略) 『夢みるように眠りたい』の時に、生きていた僕はもう死ん
  でいる。死んだ人ですよ。今、僕はあんな人じゃないから。(略) だから
  自分の映画を観ても、自分を死んだ人として見ますよね。いつも。それ
  はそう見た方が、自分自身が生きているのが楽だから。》 (佐野史郎:
  談 前掲「出雲とケルト──「つながっている」生と死、そして再生」/佐
  野史郎と鶴岡真弓の対談は2010年秋に「カフェ バッハ」にて)
 
 夢みるシネマ (5)
日本が夢みていた頃、謎をささやく街では、光と影に彩られて、女優が夢を演じていた…。日本が夢みていた頃、文脈をもたない小牧では、光と影に彩られて、未来は過去に演じられていた…。だから『夢みるように眠りたい』を観ても、小牧を死んだ街として見る。これで全ての謎は解明され…いや、夢みるシネマは「永遠の謎」だ。
 
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ふらぐめんと

ジャンル:グルメ / テーマ:コーヒー / カテゴリ:珈琲の記:2020 [2020年01月12日 23時00分]
コーヒーとアートを連ねたり絡めたり繋げたり結んだりする、だがだからどうということもない‘ふらぐめんと’。
 ふらぐめんと (1)
 
 《珈琲と漢字表記するときは豆を挽いてドリップしたものを指し、コーヒーと
  片仮名で記す場合は粉をお湯で溶くだけのインスタントコーヒーを意味
  するのだ、ともっともらしく説明してくれたのは、青っぽい唐草模様の絵
  付けをした中近東向けの輸出用茶器を焼いている窯元の主人だった。》
  (堀江敏幸 「葬式みたいに並べてある、墓のような味」/『dancyu』(ダ
  ンチュウ)2010年1月号 「私的読食録」No.34 リチャード・ブローティガ
  ン著『コーヒー』『芝生の復讐』所収/後に『私的読食録』 プレジデント
  社 2015 収載)
 
 《寅彦はなかなか味にうるさくて、銀座にはうまいコーヒーを出す店がない
  と断じ、「日本でのんだいちばんうまいコーヒーはずっと以前にF画伯が
  そのきたない画室のすみの流しで、みずから湯を沸かしてこしらえてくれ
  た一杯のそれであった」と述べている。画家が高価な豆を使っていたわ
  けではないだろう。とくに淹れ方がよかったとも思われない。寅彦はその
  とき、心地よい雰囲気に味つけされた、貴重な一杯を飲んでいたのだ。》
  (堀江敏幸 「ミルクの入ったおまんじゅうの味は」/『dancyu』(ダンチュ
  ウ)2007年11月号 「私的読食録」No.8 『寺田寅彦随筆集 第四巻』
  /後に『私的読食録』 プレジデント社 2015 収載)
 
 《さて、その馬鈴薯を売っていた大男のナヌーが、ながらく廃物になってい
  た古い焙煎機を譲り受けて、とつぜん珈琲豆を扱いだしたのはいつの頃
  だったか。(略) 粗末な工房の豆は相当に強い煎りで、パッキンのあるガ
  ラス容器に入れて常温で保存しておくと豆から滲みだした油がそのガラ
  スの内側に煙草の脂さながらべったり張りつき、中が見えなくなるほどだ
  った。味の方は、しかし格別だった。(略) いよいよ撤退が近づいた夏休
  み前のある日、ナヌーは珈琲の生豆に穴を開け、肉屋にもらった糸で数
  珠状につないだ首飾りを私にくれた。》 (堀江敏幸 「遠い街 珈琲と馬鈴
  薯」/『ユリイカ』1998年1月号/後に『おぱらばん』 青土社 1998 収
  載)
 
先ごろに、陶芸美術館で装幀家の間村俊一と文筆家の堀江敏幸の対談を聴いたので、堀江敏幸の著述になんとなく接してみた。コーヒーと美濃焼の碗、コーヒーと画家、コーヒー生豆の首飾り…話は格別とも思われないが、心地よい雰囲気にもっともらしく味つけされている。
 
 《エジプトの首都カイロ近郊で28日、コーヒーが注がれたカップにより巨大
  なモザイク画をつくるイベントが行われた。古代エジプトの王ツタンカーメ
  ンの黄金マスクが描かれ、世界最大のコーヒーカップのモザイク画として
  ギネス世界記録に認定された。世界遺産「ギザの三大ピラミッド」近くで
  建設が進む「大エジプト博物館」を盛り上げようと企画。牛乳を加えて濃
  淡を付けたコーヒーが入った7260個の紙コップを並べ、顔の陰影や頭
  巾のしま模様を表現した。ただギネス記録に認定されるには完成後に
  全てのコーヒーを残さず飲むのが条件。同日未明から砂漠地帯の屋外
  で制作したため、カップには虫やホコリなどが入った。困った主催者側
  はその場で取り除いて建設作業員らに提供した。苦しい対応だが、ギ
  ネス関係者は「コーヒーの残りは再沸騰した上で慈善団体に寄付した
  ため、記録に認定した」としている。大エジプト博物館は、現在の考古学
  博物館が手狭なため、日本政府が約840億円の円借款や国際協力
  機構(JICA)を通じて支援。建設が遅れて来年10月ごろに開館予定。
  ツタンカーメン収蔵品はじめ約10万点が展示される。〔奥田哲平〕》
  (『東京新聞』 2019年12月30日)
 ふらぐめんと (2) ふらぐめんと (3)
先ごろに、コーヒーの入った紙コップによるモザイク画、そのギネス認定の世界最大記録が更新された。これまでは、2009年にシドニーのモナリザ、2012年にハワイのエルビス・プレスリー、とされてきたが、2019年暮れにエジプトのツタンカーメンのマスクで更新…息苦しくて苦苦しい対応だ。
 
 《地下鉄みなとみらい線のみなとみらい駅構内にある文化芸術の発信拠
  点「BankART Station」(横浜市西区みなとみらい5)とシルクセンター1
  階のギャラリー「BankART SILK」(中区山下町1)で現在、企画展「心あ
  る機械たち again」が開催されている。BankART Stationの入り口横に
  ある武藤勇さんの「全自動土下座珈琲(コーヒー)」は、鑑賞者が作品
  前で土下座をすると、動きの感知がトリガーとなりコーヒーが抽出され、
  それを味わうことができる参加型作品。鑑賞者が作品に登り土下座を
  する姿を、駅を訪れた人が眺めて楽しむ一幕も。》 (フォトフラッシュ
  「BankART Stationで展示中の作品「全自動土下座珈琲(コーヒー)」」
  /Web『ヨコハマ経済新聞』 2020年1月6日)
 ふらぐめんと (4)
先ごろから、武藤勇のアート作品「全自動土下座珈琲」が企画展「心ある機械たち again」で展示されている。この作品は2012年10月の「OTONOTANI ART PROGRAM」で発表され、2014年1月の「文化庁メディア芸術祭 愛知展」にも登場した。同2014年の3月には安田裕己(安田大サーカス)が自らプロデュースした「団長カフェ」で「コーヒー買ってください」と土下座をし、同年9月にはファミリマートの店員が缶コーヒーを投げつけた客に土下座をし、同年12月にはセブン-イレブンの店員がセブンカフェのコーヒーを買った客に土下座をした。現実の社会がアートを超えている。土下座をする姿を眺めて楽しむ(?)…心ある機械と心ない人たち。
 
コーヒーとアートを連ねたり別けたり絡めたり解いたり繋げたり切ったり結んだり離したりする、だがだからどうということもない‘ふらぐめんと’。
 
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舟で来たりて風呂で逝く

ジャンル:学問・文化・芸術 / テーマ:art・芸術・美術 / カテゴリ:観の記:美面 [2020年01月05日 23時30分]
  出生は埼玉縣川越郭町
 川越より舟にて初蝶連れ來たる
 (閒村俊一 「雪岱盡くし ──星川淸司『小村雪岱』に寄りて三十二句」より)
 
 舟で来たりて風呂で逝く (1) 舟で来たりて風呂で逝く (2)
小村雪岱(こむら せったい)とは?── 《日本画家。埼玉県生。名は安並泰輔。東美校卒。荒木寛畝に学びのち下村観山・松岡映丘に師事。国華社に入社し古画の模写に従事した。国画会の結成に参加、同人となる。泉鏡花と親交があり、風俗考証にも通じ、挿絵・装幀・舞台装置の分野で独自の美を展開させた。昭和15年(1940)歿、53才》(Web「思文閣 美術人名辞典」)。
 
「小村雪岱スタイル 江戸の粋から東京モダンヘ」 (岐阜県現代陶芸美術館 ギャラリーⅠ)
 (協力:清水三年坂美術館/監修:山下裕二)
 
 《…同君の画く所の絵は泉先生の小説同様に統べてロマンチツクの色彩を
  帯んで居るのであつて、一脈哀愁の寂しさが常に底を流れて居り、他面
  一種の華やかさ、美しさを帯びて居るのである。》 (堀尾政弘 「小村君」
  /『大衆文藝』1940年12月号/平凡社ライブラリー版『日本橋檜物町』
  の付録に収載 2006)
 
 《…出来上がつた苦心の労作は一見淡々として、あくのない、苦しみの痕
  などは微塵も感ぜしめない洗練された良いものだつた。》 (山口蓬春/
  『大衆文藝』1940年12月号/前掲書付録に収載 2006)
 
 舟で来たりて風呂で逝く (3)
小村雪岱を眼目とする展覧会が山口・東京・富山へと巡回する前に先ず岐阜へやってきたので、2020年1月4日に訪れる。今般の展覧会は、「生誕130年 小村雪岱 ─「雪岱調」のできるまで─」(川越市立美術館 2018)と「小村雪岱とその時代 粋でモダンで繊細で」(埼玉県立近代美術館 2009)とを足して2で割ったような題名に姑息の様相をはらんでいる。そして展示された作品には、挿画であれ装幀であれ肉筆にも版画にも、小村雪岱が構図の精緻に煩悶し色彩の試行に懊悩した、その《苦しみの痕》が浮かび上がっている。目を凝らすほどに胃が痛くなり胸が苦しくなるような凄絶を感ぜしめ、そこに《一脈哀愁の寂しさが常に底を流れて居る》のであった。
 
対談「装幀と文学の間に」 (岐阜県現代陶芸美術館 プロジェクトルーム)
 (講師:間村俊一・堀江敏幸)
 
 舟で来たりて風呂で逝く (4)
「小村雪岱スタイル 江戸の粋から東京モダンヘ」関連企画の対談を聴く。小村雪岱の画をちくま文庫版『泉鏡花集成』(種村季弘:編 1995-1997)全14巻のカバーに配した装幀家で俳人の間村俊一と、会場のある多治見市の出身で装幀を間村俊一が担った本を多数発している著述家でフランス文学者の堀江敏幸と、小村雪岱と泉鏡花の関係に擬えられるような2人の対談は好かった。まさに《装幀と文学の間に》あって、細かなようで程よく無頓着な話ぶりが実に面白い。もっとも、書誌の量産と廉価と電子化が進んだ現在では《本(ほん)周りのことはなかなか話せなくなっている》(堀江敏幸:談)という、そこに《一脈哀愁の寂しさが常に底を流れて居る》のであった。
 
 舟で来たりて風呂で逝く (5) 舟で来たりて風呂で逝く (6)
今般の展覧会「小村雪岱スタイル 江戸の粋から東京モダンヘ」では、取ってつけたように明治期の工芸品で具を増やす展示に違和を感じたが、現代作家が雪岱の作に着想を得た作品、特に松本涼の〈枯山百合〉や臼井良平の〈目薬と手鏡〉では楽しめた。何故に現代陶芸美術館が小村雪岱を取り上げたのかは最後まで解せなかったが観応えは存外あったな、最も好かったのは対談の聴講者に配られた間村俊一の32句「雪岱盡(づ)くし」だったが…館を去り、「まめ蔵」に寄ってコーヒー(グアテマラ・アンティグア・SHBとエチオピア・グジ・ゲイシャ)を喫しながら、そう想った。雪岱は舟で来たりて風呂で逝く。
 
  雪岱五十四歳
 蕎麦の花風呂に入りたるまゝ逝くか
 (閒村俊一 「雪岱盡くし ──星川淸司『小村雪岱』に寄りて三十二句」より) 
 
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内はほらほら 外はすぶすぶ

ジャンル:ライフ / テーマ:ひとりごと / カテゴリ:あ・論廻 [2020年01月03日 23時30分]
【鼠の日本神話】
 
 《亦 鳴鏑射入大野之中 令採其矢 故 入其野時 即 以火廻焼其野
  於是 不知所出之間 鼠来云 内者富良富良 外者須夫須夫 如此言故
  踏其処者 落隠入之間 火者焼過 爾其鼠 咋持其鳴鏑 出来而奉也
  其矢羽者 其鼠子等皆喫也》 (『古事記』)
 
根(ね)の国を棲(す)みかとしているので鼠(ネズミ)と呼ばれている動物がいた。ある日、鼠の親子が根の国の野原を散歩をしていると、ブォ~ンと鳴りながら鏑(かぶら)矢が降ってきた。さらに、何かを探しているようでもあり何かに追われて逃れているようでもある男が近づいてきた。この男の本名は大穴牟遅(オオアナムチ)、しばらく前に根の国へやってきて、須佐之男(スサノオ)に葦原醜男(アシハラシコオ)と呼ばれていた。
 内はほらほら外はすぶすぶ (1)
鼠の親子がふと気がつくと、周りの野原はゴォゴォと燃えていた。葦原醜男が須佐之男の娘である須勢理毘売(スセリヒメ)に手を出したので、死の試練として須佐之男が放った火、それが燃え広がってきたのだ。鼠は葦原醜男に向かって「内はほらほら、外はすぶすぶ」と言って、地中の大穴へ誘導した。火は焼け過ぎた。親鼠は葦原醜男が探していた鏑矢を持ってきてやったが、その矢羽根は子鼠が齧(かじ)ってしまっていた。鼠に助けられた葦原醜男こと大穴牟遅は、須佐之男による他の試練も乗り越えて大国主(オオクニヌシ)という新しい名を与えられた。須勢理毘売や宝物を奪い取って根の国から逃げていく大国主、その遠ざかる姿を鼠の親子が見つめていた、「内はほらほら、外はすぶすぶ」と言いながら…
 
 
【外はすぶすぶ】
 
そもそも鼠(ネズミ)は、アジア大陸で群衆の主であるガネーシャを乗せて運ぶヴァーハナだった。だが、ガネーシャに慢心を諫められた夜叉(ヤシャ)族の王クベーラが毘沙門天(ヴァイシュラヴァナ)と名を変えて仏神となったので、鼠は眷属として毘沙門天に従った。さらに、毘沙門天がアジアを東進して根の国をつくると、鼠は眷属の座を百足(ムカデ)に譲って野原で遊び暮らした。
 内はほらほら外はすぶすぶ (2)
その親鼠から生まれた子鼠は、根(ね)の国から大国主(オオクニヌシ)が去った後に国を出てアメリカ大陸へ渡った。そしてミッキーマウス(Mickey Mouse)と名乗り、実業家の男を操ってディズニーランド(Disneyland)という鼠の王国を立てた。鼠の王国は‘夢がかなう場所’と騙して世界各地へと拡がっていった。しかし、人々に迫害される鼠には共感するものの王国の虚飾を嫌う芸術家の男が、‘夢が決してかなわない場所’として憂鬱なディズマランド (Dismaland)を開いた。このディズマランドこそが、鼠が棲みかとするべき真の場所、すなわち新たな根の国である。
 
 
【内はほらほら】
 
 《島田市大代地区の村おこしグループ「王子田会」(片岡幹男会長)が手
  作りする年末恒例の「ジャンボ干支(えと)」がこのほど完成し、市内外
  の多くの見物客から注目を集めている。来年の子(ね)年にちなみ、今
  回はかわいらしいネズミ一家を表現した家族愛たっぷりの作品。(略)
  地元のわらや竹、間伐材を材料に制作し、例年通り同地区の県道81
  号沿いに設置。一番大きな父親ネズミは全長4・5メートル、高さ3・5
  メートルで、母親ネズミとまるで愛を育むかのように向かい合って並ぶ。
  子ネズミ3匹も、木材で繊細に表現した。》 (『静岡新聞』 2019年12
  月7日)
 
 内はほらほら外はすぶすぶ (3)
子(ね)年の2020年1月2日、静岡県島田市の大代(おおじろ)で巨大な鼠(ネズミ)を見た。この土人(どにん)の連中が作ったジャンボ干支を見たのは、2015年の羊(ヒツジ)と2016年の猿(サル)と2019年の猪(イノシシ)に続いて4回目。根(ね)の国を棲(す)みかとするべき鼠が冬晴れの陽の下にいることを笑う。否(いな)、人類こそが根の国に棲んで穴の中で火が通り過ぎるのを待つべきなのかもしれない、「内はほらほら、外はすぶすぶ」と言いながら…
 
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アルジャーノンに珈琲を

ジャンル:グルメ / テーマ:コーヒー / カテゴリ:珈琲の記:2020 [2020年01月01日 00時00分]
あるとき、あるところに、アルジャーノンという名の鼠(ネズミ)がいた。アルジャーノンは、アナンシという名の蜘蛛(クモ)から、天界の木にたくさんの実(み)がなっていることを聞いた。アナンシが天界から垂らした糸をつたって、アルジャーノンは地界から昇りはじめた。
 アルジャーノンに珈琲を (1)
 
 《上に向かって、動いていく、あたたかな空気の上昇気流にのった葉のよう
  に。速度を増す、私の体の原子がぶつかりあいながら。私はいよいよ軽く、
  密度は粗になり、より大きくなって……いっそう大きくなって……太陽に
  向かって爆発する。私は沈黙の海を上にむかっておよいでいく膨張する
  宇宙。はじめは小さく、私の体は部屋を囲いこみ、そして、建物を、街を、
  国を、もっと大きくなって、もし下を見れば自分の影が地球全体をおおっ
  ているのが見えるだろう。軽い。そして何も感じない。時空間をただよい
  ながら膨張していく。》 (『アルジャーノンに花束を』 ダニエル・キイス:著
  小尾芙佐:訳 早川書房:刊 1978 改訂1989/原著 “Flowers for
  Algernon” by Daniel Keyes 1966)
 
一条の蜘蛛の糸をつたって天界へたどり着いたアルジャーノンは、そこで枝もたわわに実がなっている木をみつけた。アルジャーノンは、熟れて赤や黄に色づいた実をむさぼり食べた。食べては眠り、また実を求めてさまよい歩き、さらに実をむさぼり食べては眠った。
 
 《私は横たわって、私が私自身の中で私自身である瞬間が過ぎるのを待っ
  ている、そしてふたたび私は肉体のあらゆる感覚、あるいは知覚を失う。
  (略) 私は見えない眼の中心で内部を凝視する、紅色の点が、多花弁の
  花に変形していくのを──チラチラと微光を発しながら渦巻いて光る花。
  それは無意識の核の奥に横たわる。》 (前掲 『アルジャーノンに花束を』)
 
 アルジャーノンに珈琲を (2)
木の実をたらふく食べ続けたからだろうか、アルジャーノンは変わった。体は太って重くなったが、意識はさえわたっていた。自らがとても利口になったように思えたアルジャーノンは、地界へ戻って世を支配しようとたくらんだ。けれども、帰る途中にアナンシが垂らした糸が切れて、アルジャーノンは墜落した。
 
 《私は縮む。肉体の原子が近づきあって密になるというのではない、融合だ
  ──私の自我の原子が微小宇宙にのみこまれるのだ。おそらく焦熱と目
  もくらむ光りがあるだろう──地獄の中の地獄──だが私はその光りを見
  ない、ただ花だけを見る、増殖せず、分裂せず、多から一へとたちかえる。
  そして一刹那、光芒を放つ花は一条の糸にぶらさがる黄金の円盤となり、
  次に渦巻く気泡となって、そしてついに私は洞窟へと戻り、そこではいっさ
  いが沈黙し、暗く、そして私は湿っぽい迷路を泳いでいく、私を受け入れ
  てくれるものを求めて……私を抱擁し……呑みこんでくれるもの……それ
  自身の中へ。そこからはじまるのかもしれない。》 (前掲 『アルジャーノン
  に花束を』)
 
地界へ落ちたアルジャーノンの体は、バラバラになった。しばらくすると、アルジャーノンの体からたくさんの芽が出てきて、芽は木に育ち、木には白い花が咲き、枝もたわわに実がなった。やがて、赤や黄に色づいた実を見つけた別の生き物が、実の中の種(たね)を火であぶり、それを砕いて煮出した。そして、芳しい香りがする褐色の液体を飲みはじめた。
 アルジャーノンに珈琲を (3)
  
ついしん、どーかついでがあったらうらにわのアルジャーノンのおはかにコーヒーをそなえてやてください。
 
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kisanjin

Author:kisanjin
鳥目散 帰山人
(とりめちる きさんじん)

無類の珈琲狂にて
名もカフェインより号す。
沈黙を破り
漫々と世を語らん。
ご笑読あれ。

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